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ファイナンス思考(朝倉祐介) 書評&まとめ

最近ファイナンスへの興味が強くなってきた。 前から知っておいた方がいいんだろうな〜という認識ではいた。だが、いまいちとっかかりが掴めずそのままだった。今回この本が発売されると知り、
・ 著者が、mixiのCEOを務めた実務家
・ 前作である「論語と算盤と私」、を楽しく読ませてもらった
という感じの理由で興味を持ち、ファイナンスの知識を仕入れるいいきっかけになるのではと思い読んでみた。

所感

会計やファイナンスに関する本としては非常にとっつきやすい。著書の中でも述べられているが、専門知識を必要としないことやが理由だと思われる。 先ほど述べたように、学者ではなく実務家の方が書いている分、机上の空論感が一切ない。 以上の理由で非常に読みやすく、僕のような初学者にとって最適な本だと感じた。

ファイナンス思考の対極の考え方を本書では「PL脳」と呼んでいる。「PL脳」とは損益計算書至上主義みたいなイメージで理解するといいと思う。 この「PL脳」的な考え方は高度経済成長期では通用していたが、技術革新によって不安定化している現在ではこの「PL脳」的な経営手法は通用しないと筆者は説いている。

豊富なエピソード

この本について特筆すべきはまず、実在する企業の栄枯盛衰のエピソードをファイナンス的な視点で分析すした内容が豊富に盛り込まれているところだろう。例えば昔流通の帝王とも称されたダイエーがいかにして没落したか、など。楽しんで読むことができた。 が紹介しだすと膨大な文字数が必要なので今回は割愛させてもらう。

付録の充実

本書には基本的な会計知識を解説してくれる付録がついている。その点においても初学者に親切な作りになっていると思う。 今まで述べてきた内容に興味のある方は購入してぜひ読んでもらえるといいと思う。

ファイナンスの概要

ファイナンスってよくわからないので本書の定義をそのまま抜粋。 企業の価値の最大化のために
・ 事業に必要なお金を最適なバランスと条件で調達し
・ 既存の事業・資産から十分にお金を引き出し、
・ 築いた資産を事業構築のための新規投資のための新規投資や株主・債権者への還元に最適に分配し、
・ その経緯と合理性と意志をステークホルダーに説明する
という一連の活動を指すらしい。

ファイナンス思考とは

ファイナンス思考 PL思考
評価軸 長期的な事業価値 PL上の利益・売上
時間軸 自発的・長期的 他律的・短期的
経営 戦略的・逆算的 調整的・管理的

長期的な目線に立って事業・財務等の会社戦略を組み立てる考え方。

そのほか重要だと感じたエッセンス

読み進めていく中で重要だと感じた内容をまとめます。

1.会社は「お金」で評価される

2.「GAFA」の共通点

  • 短期的なPLの毀損を厭わない
  • 市場の拡大競争優位性確保のため、大規模な投資を行う
  • 投資目的が長期的かつ未来志向

複数事業による継続的な成長性GAFA」とは急成長を実現した「Google」、「Apple」、「Facebook」、「Amazon」企業群を指す。

3.「PL脳」の行動パターンについて

  • 黒字事業の売却をためらう
  • 時間的価値を加味しない
    時間的価値の要因は、「金利分の価値の差分(リスクフリーレート)」・「不確実性(リスクプレミアム)」の二つ。詳しくは単語解説にて
  • 資本コストの無視
    資本コストという概念を初めて知った。具体的には資金調達の際の利子とか。確かにバカにならない気がする。本書では「事業は調達した資本コスト以上の収益性を実現しなければならない」と表現されていた。確かに。。
  • 事業特有の時間感覚を勘案しない
  • 事業特有のリスクを勘案しない

4.売上至上主義について その原因と問題点

実入りとなる利益より、売上を優先する考え方。本書ではPL脳のシンプルな症状と位置付けられている。

問題点

売上の「質」を見えにくくし、売上高の要素分解を切り捨てる考え方。

売上 = 商品単価 x 販売個数

同じ売上高だとしても商品単価を減らし販売個数を増やせば、製造コストは下がるがその分マーケコストが上がる。
商品単価が上がり、販売個数が減れば、マーケコストは減るがその分製造コストは上がる。
製造コスト <ー> マーケティングコスト

というように本来どちらが効率的であるかは要素分解してトータルで考えなければいけない。が売上至上主義的な考え方だとそういうわけにはいかない。 そもそも売上が上がれば利益が上がる訳ではない

原因
  • マーケットの現状が見えていない
  • 前年対比の成長が目的化している
    増収増益の維持を優先するあまり、利益率を悪化させたり競争優位性を失いかねない施策を打つことがある。
  • 利益をベースとした管理が複雑
    利益ベースでの管理が難しいためひとまず売上を意識するうち、現場はだんだんと売上が全てという意識にすり替わっていく。

また売上規模やシェアに固執する企業、および経営者のプライドもその一因になりうる

5.利益至上主義について

一見問題ないことのように思えるが本書によると、この考えに縛られすぎると長期的な会社の価値向上の妨げになるという点でそうではないようだ。詳しく解説する

問題点
  • マーケティングや研究開発費の削減
    マーケティングや研究開発など成果が出るには長期的な投資が必要なものが存在するが、効果が出るまでの期間が長い分それまでに営業利益を圧迫してしまう。利益至上主義だとそれらを削減する方向に動いてしまう。
  • のれんが発生する企業買収を避ける
    のれん(詳しくは単語解説を参照)の発生により、償却中の一定期間PL上の利益を圧迫してしまうため買収になかなか踏み切れなくなる。 買収した会社が生み出す利益より、のれんの償却代の方が大きいということは普通にあり得るので、PLのみで判断する人には理解が得られにくい。
  • 意思決定が会計基準に左右される

会計基準は上記のように種類がある。先ほどの「のれん」を例にとるとIFRSを採用するとのれんの償却がJ-GAPPに比べて低く抑えることができ、M&Aを行う際有利に働く場合がある。IFRSを採用している会社は「リクルート電通楽天ソフトバンク、メタップス」などがある。(比率は全上場企業の4%と非常に少ない) これらの会社は積極的にM&Aを行なっている。

のれんの償却にとらわれるとFBのインスタグラム買収、googleyoutube買収などのように技術やユーザーを買うという視点が抜け落ちることにもなる。

「キャシュフローの軽視」

「バリューの軽視」

「短期主義」

短期的なコスト形状を必要とする大胆な施策は着手しずらくなる。 粉飾決算など

6.PL脳に陥る原因

  • 高度経済成長期の成功体験
    PLに基づいた経営手法は何もせずともマーケットが拡大していた高度経済成長期に最適化されたものであり、人口減少などによってマーケットが縮小していく現代においても多くの経営者がその成功体験から抜け出すことができていないと考えられる。
  • 役員の高齢化
    「世界の新任CEOの平均年齢は53歳に対し、日本は61歳」というデータ(Strategy&)が示すように、終身雇用、年功序列を基本とする日本的雇用慣行を採用する日本企業において、経営者とは内部昇進者であることが基本。すなわち経験を積んだ高齢からでしか役員にはなれない。かつ経営者として在任する期間が短い。 結果長期的なテーマより、自身の任期内に発生する軽微なリスクへの対応が優先されてしまう。
  • 間接金融中心の金融システム
    戦時中の統制経済から引き継がれた間接金融中心のシステムの担い手である銀行が、キャッシュフローではなく最終損益を注視する融資の仕方を行なっているため、借り手である企業もそれに合わせたPL至上主義的な考えに陥ったと考えられる。
  • PLのわかりやすさ
    PLはシンプルゆえ手が出しやすい。PL脳的な管理手法が人事評価にまで埋め込まれていることが現場にPL脳を浸透させる一因になっている
  • 企業情報の開示ルール
    企業情報の開示自体は必要なものであるが、過剰に意識しすぎると「PLを作る」ことに傾倒してしまう一因として考えられる。
  • メディアの影響
    「増収増益」など業績の変動だけが報じられており、それが企業の価値にどのような影響を及ぼすのかという観点の解説が抜け落ちている。

単語

  • WACC 加重平均資本コスト
  • ROIC 投下資本利益率
  • エクイティファイナンス
    株式を発行する資本調達の方法。ここで得た資本は純資産に計上。
    ちなみに通常の借り入れをかっこいい言い方で言うと「デット(debt)ファイナンス」。こちらは負債の部に計上。
    エクイティファイナンスの特徴は返済期限がないと言うこと。デメリットとして株式を他者に握られる分、経営権が希薄化する。
  • リスクフリーレート
    現在の100万円と将来の100万円では現在の100万円の方が価値が高いと考える。
    なぜなら現在の100万円には預金金利の将来的な獲得分の価値が存在するから。その差分のことをさす言葉。
  • リスクプレミアム
    現在の100万円と将来の100万円では現在の100万円の方が価値が高いと考える。
    なぜなら将来の100万円にはもらえない可能性があり、ファイナンスにおいてはこの不確実性に対して割引率を設定して考えるから。その不確実性を指す言葉。
  • キャッシュフロー
    直訳すると、現金(キャッシュ)の流れ。Amazonはこのキャッシュフローの最大化を長期的な目標にしている。
    プラトゥス曰く「金を稼ごうと思ったら、金を使わなければならない」。まぁそういうこと。(適当)
  • 営業利益
    売上総利益(売上ー原価)から販管費を差し引いたもの。
    販管費にはバックオフィスの人件費や減価償却の費用など、製品を作るのに直接関わるもの以外の費用(原価)が含まれる。
  • 限界利益
    売上高から変動費を引いたもの。ちなみに営業利益限界利益から固定費を差し引いたものと同値である。
  • リベート
    メーカーなどが小売りに対して売上高を還元する際の資金。
  • のれん
    M&Aにおける買収額と簿価(会計上記の評価額の差)。この差は一定の均等に償却されて行く。償却中は当然PL上の利益を圧迫する。
  • MBOマネジメント・バイアウト
    経営者が株主から株を買い戻すこと。株主比率を高めることによって経営者の意思をより反映しやすくするという意図がある。
  • 統制経済
    国の資源と労働力の全てを戦争のために動員することを目的に構築されたシステム。
    本書では初任給という概念、株主軽視の風潮はこのシステムから生まれたとされている。

なんとなく心に残ったフレーズ

  • 道徳を忘れた経済は罪悪、経済を忘れた道徳は寝言
    二宮尊徳の言葉らしい。この人のことは確か高校の倫理で習ったなぁ。
  • 利益は意見。キャッシュは事実
    損益計算書は解釈の介在する余地が存在する以上どうしても経営者の意向が含まれてしまうのに対し、キャッシュフローは解釈の介在する余地が存在しないため、ありのままの事実を示している。という会計の特質を表した言葉。
  • 計画とは将来への意志である。将来への意志は、現在から飛躍し、無理があり、実現不可能に見えるものでなくてはならない。現在の延長線上にあり、合理的であり、現実可能な計画はむしろ「予定」と呼ぶべきであろう」 かっこよかったので全文抜粋した。笑
  • 資産とは金が化けたもの
    松下幸之助曰く。
  • 売上を最大に、経費を最小に
    京セラの創業者である稲盛和夫が経営の原点として言った言葉。売上至上主義的考え方では「売上を最大に」のみの一輪のみを意識しがちになってしまうことに対し本書では警鐘を鳴らしていた。
  • 売上は全てを癒す
    ちょっと昔は一斉を風靡していたが今は跡形も無くなってしまったダイエーの創業者の言葉。
  • 経済成長から得られる利益よりも投資から得られる利益の方が大きい
    経済学者トマ・ピケティの著書『21世紀の資本』によると「g(経済成長)> r(投資リターン)」が成り立つ状況の方が限定的であると述べられている。

感想

序盤の内容に関しては誰が読んでも役に立つと思えるような内容で、金融リテラシーって大事だと感じた。 しかし終盤に向かうにつれて、企業買収などある一定の規模の会社であることが前提の話が増えてきて、学生の端くれである僕にとっては馴染みのある話ではないため少々読み進めるのに苦労した。 実際に経営していると、より理解しやすいんだろうなぁと感じた。